所  載 『雑志2』(2005年3月、青山学院大学小原信研究室)、48-49頁。
HTML版公開 2008年11月16日
最終更新 2008年11月16日

感謝の言葉


私が小原先生の「倫理思想」を受講したのは1986年のことだからもう20年近くになる。履修はまったくの出来心で、寮(常青寮)の仲間で(のち寮長)史学科のクラスメイトでもあった塚原隆行君(女子聖学院高教諭)が購買会で先生のご著書を手に取りながら「こういう先生がいる」と勧めてくれたことによる。本当に軽い気持ちで受講したものが、まさか今日まで先生とのご縁が続くことになろうとは全く思わなかった。先生のこと、RRのことはいろいろ申し上げるべきことがあって、とても規定分量内に書く尽くすことは出来ない。ただ先生との「出会い」はその塚原君(彼もR8期のメンバーである)がいなければありえなかったことであり、そのことは彼のためにここで書いておきたい。

小原先生とRRは私にとって青山学院そのものである。こういうと出身学科(史学科)には些か申し訳ないけれども、青山らしい(と私が信じる)品が良くて、知的刺激に満ちた学生生活はまったく小原先生からいただいたものであり、その点は何度感謝しても感謝しきれない。もし小原先生がいらっしゃらなかったら、今日の私が「こだわり」として持っているいくつかは到底持ち得なかったであろうし、もしRRの皆との出会いが無かったら、かなり長かった学生生活(学部から博士中退まで休学を挟んで14年)のもっとも良質な思い出のいくつかは作ることが出来なかっただろう。青山を離れても、先生からは折にふれてさまざまな面でお心配りいただき、そのたびに師のありがたさを感じたものである。思えば「プリントアウトが出来ない」「ADSLがつながらない」「出張用にいいプリンタが無いか」「今度研究室用に買うコンピュータはどの機種が良いか」というような深夜(往々にして私は睡眠中)のお電話は、私の身を案じて近況を尋ねる口実としてひねり出されたものだったのだろう(いや多分…そうだと信じたい)。

先生は「にんべんの学問としての倫理学」というものを一貫して考えてこられ、ややもすると浮世離れした「頭脳ゲーム」のような観のある世間一般の研究スタイルをお取りにならず、今そこにいる学生、若者、現代社会の諸問題に真正面から取り組み、人々に直接訴えかけるようなお仕事を続けられてこられた。私が(それが先生のご意向とは思われないにしても)人間の息吹が感じられるような学問を意識しだしたのは全く先生のおかげである。私はいまだに中央アジア史学と言う学問に取り組んでいるけれども、学部から修士にかけて取り組んできた事件史から、近年は俗文書や民間叙事詩に依拠した市井の人々の暮らしが見えてくるような生活史、あるいは心性に着目した研究を手がけるようになってきている。それは全く「にんべん」の学問に感化された結果である(もし歴あるいは史のつくりに「にんべん」がつけられるならばそうしたいぐらいだ)。その意味で小原先生には専門研究の立場からも「学恩」があるわけで、この点も心から感謝申し上げたいと思う。

些か気恥ずかしいが、数年前よく読まれた名著『モリー先生との火曜日』(ミッチ・アルボム著、NHK出版、1999年)のある言葉を引かせていただく:
あなた方は、ほんとうの先生を持ったことがあるだろうか?
あなた方のことを、荒削りだが貴重なもの、
英知をもって磨けばみごとに輝く宝石になると見てくれた人を。
さいわいそういう先生のもとへたどりつけた人は、
きっとそこへもどる道を見つけられる。
私にとって、小原信はそういう先生であるし、私はそれをとても幸いに思う。

縁あって昨年度から母校で週にいっぺんだけ教鞭をとらせていただいており、次年度もひきつづき月曜日に後輩諸君に歴史学との付き合い方、文献の読み方を指導することになっている。小原先生も非常勤で同じ曜日の同じ時間に講義をもたれるよし。不当に過酷ではなく正当に厳しい「小原流」(は生け花だけではない!)の指導を何とか実践しながら、ときに「家元」の変わらぬご指導を賜れれば、それは私にとってこのうえない幸福である。

ありがとうございました。



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