所  載 『イスラム世界』64号 (2005年3月)、79-90頁。
HTML版公開 2008年11月16日
最終更新 2008年11月16日

研究動向
国際学術会議「中国・中央アジア間におけるウイグル人の位置づけ」
International Conference: Situating the Uyghurs between China and Central Asia. )




1. はじめに

さる11月5日と6日の2日間、連合王国首都ロンドンは大英博物館に程近い、ラッセル広場脇のSOASブルネイ・ギャラリーの一室で、新疆ならびにウイグル人に関する国際学術会議(International Conference: Situating the Uyghurs between China and Central Asia. )が開催された。当会議はこれまで専ら中央アジア研究あるいは中国研究の枠内で扱われてきた当該諸問題につき、その「中間性("in-between-ness")」に注目して複合的なアプローチを試みることを目的としたものである。スポンサーは台湾の蒋経国基金、英国アカデミーそしてSOAS、オーガナイザーはIldiko Beller-Hann(Martin-Luther University, Germany)、Joanne Smith(New Castle University, UK)、Rachel Harris(SOAS, UK)、Cristina Cesaro(Independent Scholar, Italy)の4名であった。

近年、新疆に関する関心は主として二つの理由から確実に高まってきているように見受けられる。ひとつは中国中央政府が打ち出した「改革・開放」政策と「西部大開発」によって、当地域が投資・開発対象として、また中央アジア諸国との交易基地として国際的な注目を受けていると言う点である。もうひとつは経済発展の反面、当地に夥しい漢人および漢人資本の流入が促進され、ウイグル人をはじめとするイスラーム教徒住民への文化的、社会的、政治的圧迫が強められ、いわゆる「民族問題」が顕在化していると言う点である。特に後者は新疆周辺地域のイスラーム原理主義やテロリズムの動きとリンクする形で、(それが適切な捉え方かどうかはともかくも)大変な注目を集めるに至っている。この意味で当会議はタイムリーな企画であったといえるだろう。

以下、本稿では本会議に参加した報告者の顔ぶれと各報告をごく簡単に紹介し、つづいて総合的なコメント、展望を申し述べることとしたい。


2.参加者たちとその報告

第1日目(11月5日)

モーニング・セッション

 
第一日目最初のセッションはIldiko Beller-Hannがチェアをつとめ、現代新疆の諸状況を扱った報告が中心であった。

最初の報告者であるNicolas Becquelin(Human Rights in China, Hong Kong.)はフランス生まれ、政治学の立場から現代中国における新疆問題ならびに人権問題に取り組んでいる 。今回の報告は「解放」以降の新疆研究の方法論を扱ったものであった。Becquelinによれば新疆研究は主に2つの立場に分かれている。ひとつは「解放」以降ウイグル人が当地域においてマージナルな存在に向かいつつある点に注目し、その動きに対する彼らの対応(受容・抵抗)を見ていこうとする立場、そしてもう一つはウイグル人を中国の諸政策の「受益者」と認識する立場である。Becquelinはこの二つの立場がお互いに真摯な議論をすることを避けて、むしろ無視を決め込むことに終始している現状を批判し、両者を横断するような新しい視点からのアプローチを提案するものであった。

次の報告者David Wang(University of Queensland, Australia)はこれまで1940年代のいわゆる「三区革命」(イリ反乱)に関する研究書を2冊出版している 。南京大学出身で、新疆生産建設兵団の一員として少数民族学生の漢語教育に従事した体験を有するという。今回の報告は漢族の移民による新疆の人口構成の変化と経済状況に注目し、GNP、産業別人口比率など各面において一様に漢族が居住する北部に対しウイグル人がマジョリティである南部が貧しいことが明示的であることを指摘し、この乖離を克服することが社会不安の克服につながるとした。

つづくGardner Bovingdon(Indiana University, USA)は2002年にインディアナの助教授に迎えられた、現在最も元気のある若手新疆研究者である 。鋭いコメントを早口でまくし立てる様は(席上Sean Robertsがそれを「キャノン・トーク」と形容したように)圧巻ですらあった。今回の報告は中央アジア諸国の独立がウイグル人にもたらした影響について論じたものである。Bovingdonによればカザフスタン、クルグズスタン両国のウイグル人コミュニティは「ウイグル問題」に関し国際政治の中でもっとも広く影響力を有しており、例えば在外ウイグル人は「新疆」に代えて「東トルキスタン」という地域名称を「ウイグルスタン」よりは好んで用いる傾向があるが、これは「クルグズ」スタンおよび「カザフ」スタンにマイノリティとして居住するウイグル・ディアスポラが両国のショーヴィニズムに対し抱いている幻滅が大きく影響した結果だと言う。

セッション最後の報告者Rahila Dawut(新疆大学・中国)は民俗学の立場から新疆のイスラーム聖者廟(マザール)研究に取り組む、現代新疆を代表する若手研究者の一人である 。今回の報告もまたマザールを切り口としたユニークな報告であり、政府が現在推進するツーリズム振興と、それがマザールをはじめとする宗教施設、ひいてはウイグル人の経済、社会そして文化に与える影響についての現状を報告した。


アフタヌーン・セッション

午後のセッションはCristina Cesaroがチェアー、ウイグル文化の多様性、雑種性に注目した研究が中心であった。

最初の報告者Laura Newby(University of Oxford, UK)はこれまで主として清朝史料に依拠して新疆統治史、対コーカンド外交などのテーマを扱ってきた研究者であり、最近はJames Millwardなどアメリカの研究者との共同研究なども行っている 。その報告は、19世紀から今日に至る新疆に関する歴史叙述(旅行報告などを含む)が今日「ウイグル」として知られる人々をどのようにカテゴライズしてきたか、彼らのオリジンはどう説明され、他の集団との差異はどう認識されていたかという点につき素描を試みたものであった。

つづくArienne M. Dwyer (University of Kansas, USA)は言語学者でこれまでに中国のテュルク諸語、特にサラール語に関する複数の研究を発表しているが、近年は土(トゥ)族の言語研究に精力的に取り組んでいる 。今回の報告はウイグル語の言語とエスノロジーの関係を論じたもので、エイヌ、ドラン、タグリクなど、中国の民族政策上「ウイグル」として認定されているものの言語的に明らかに異質なエスニック集団に注目し、ウイグル人の土地とは言いながらも実はmultilingualでmultiethnicなコムプレックスである新疆の実情を主として言語面から提示した。

ここでティー・ブレイクとなり、それにつづいて私、菅原純(青山学院大学・日本)のプレゼンテーションが行われた。私自身の紹介は省略する 。今回のプレゼンテーションは東京外国語大学AA研で開発された2つのデータベースのデモンストレションとその開発母体である「内陸アジア・オンライン・リソースの構築」プロジェクトの活動を紹介したものである。データベースは新疆関連の一般文献目録とチャガタイ写本目録からなり、ユニコードの採用によりマルチスクリプト環境を実現したこと、ユーザーがデータの参照のみならずデータ追加、修正に参加できる双方向性を有していることなどの特徴を有している 。

再びセッションに戻る。次の報告者Joanne N. Smith(オーガナイザー)は中国における現代ウイグル人の文化そして漢族との交渉の中でのアイデンテティの問題を主たる研究テーマとしている 。京都で3年間英語教育に携わった経験もあり、日本語も解する。Smithの報告はいわゆる「民考漢」(漢族学校に通う少数民族子弟)のデュアル・アイデンテティの問題をある「民考漢」女性個人と彼女を取り巻く社会環境のケースをサンプルとして社会学・心理学の手法を援用して検討し、そのアイデンテティの曖昧さ、帰属意識の葛藤、内的な圧迫、「雑種」性の獲得による生き残りなどの諸要素を提示した。

第1日目最後の報告者Sean R. Roberts (USAID/Central Asia Mission, Kazakhstan)は民主化運動の専門家(Democracy Specialist)としてメーリング・リストなどで名前をよく目にする人物であるが、本来の専門は社会人類学で中国・カザフスタン国境地域におけるウイグル人社会を研究対象にしている 。その報告はアルマトゥ近郊の典型的なウイグル人の集落である「東方紅(Zarya Vostoka)」の事例を取り上げ、カザフスタン・ウイグル社会の各種儀礼、行事にみられるソヴェート、イスラーム、そして中国それぞれの文化結合の実態を提示したものであった。


第2日目(11月6日)

モーニング・セッション

第2日目最初のセッションは清代新疆史の専門家であるJames A. Millward(Georgetown University, USA)がチェアを担当し、現代ウイグル文化の諸表象を扱った報告が中心であった。
 
2日目最初の報告者Asad Sulayman(新疆大学・中国)は前日の報告者Rahila Dawutとならび現在の新疆を代表する若手研究者である。既に漢語、現代ウイグル語で多くの著書を出版しており、特に現代ウイグル語では本人の名前を冠した著作シリーズさえ刊行されている 。今回の報告は、これまでの父称に換えて「姓」を使用するウイグル人の姓名改革の前提として、ウイグル人の命名習慣、タブー、漢字転写等の諸問題を検討、具体的に今後新疆・ウイグル人が取るべき姓創出のモデルを提案したものであった。

次の報告者Michael Friederich(Bamberg University, Germany)はドイツでも極めて数少ない現代ウイグル語を中心的な研究対象とするトルコ言語学者である。今回の報告はAblimit Semetの"Aqsaray"やAdil Tuniyazの"Otun Bazin"と言ったいくつかのウイグル詩を例示(朗読)して、そこから窺われる新疆の過去、現在、そして生活のリアリティに対する態度を汲み取ろうと試みたものであった。

ここでコーヒー・ブレイクとなり、ひきつづきAlexandre Papas(EHESS, France)とLisa Ross(写真家・France)のプレゼンテーションが行われた。このプレゼンは2004年夏に行った南新疆のマザール風景をスライド・ショウ形式で紹介したもので、最初に報告者が2,3説明を行った後、あとは余計なコメントを付け加えることなく10分ほどスライド・ショウを見せ続けるという、一風変わったスタイルで行われたが、写真の出来、視点にプロらしい独特のセンスが感じられる印象的なものであった。

再びセッションに戻る。セッション3番目の報告者Nathan Light (University of Toledo, USA)は早くからインターネット上で豊富な研究情報をリリースしてきた、おそらく世界で最も豊富な新疆研究の個人ページを運営する研究者である 。本来の専攻は文化人類学のはずであるが、ウェブ・ページを見た限りではその芸域は実に広い。今回の報告は現代ウイグル民族文化の創出を扱ったもので、主として1980年代以降の出版物、論説、文化人のインタビュウの提示を通じ新疆における民族文化の成立過程を追ったものであった。

セッション最後の報告者Rachel Harris (オーガナイザー)はウイグル音楽を研究対象とするSOASの研究者である。今回の報告ではこれまで等閑に付されてきた中央アジア各地域(コムル、トルファン、カシュガル、ヤルカンド、コーカンド、ブハラ)のムカムのヴァリエーションに注目し、音楽の構造、楽器、コンテクスト、信仰、実践の各面から比較を試み、ウイグル音楽、特に12ムカムのもつ中央アジアと中国の間での”in-between-ness”を具体的な事例から検証したものであった。


アフタヌーン・セッション

午後のセッションのチェアはJoanna Smithで、ウイグル文化の「実践」に注目した報告がなされた。

最初の報告者Cristina Cesaro (オーガナイザー)はSOAS出身、特定の研究機関に属さず、独自にウイグル食文化研究を継続しているイタリアの研究者である。今回の報告は「境界の食文化」としてウイグル料理を捉え、中央アジアそして中国の両方向から見たウイグル料理のそれぞれへの連続性と相違点とを検討したものであった。今日のウイグル食文化はその料理の多くを中国食文化から借用し、その実践においては中央アジアの人々と文化を共有していると言う点が明らかに見て取れるという。

つづくAblet Kamalov (Institute of Oriental Studies, Kazakh Academy of Sciences; Al-Farabi Kazakh National University, Kazakhstan)は伊犂生まれで幼少期に両親とともにカザフスタンに移住したウイグル人歴史学者である 。今回の報告はロシア~ソヴィエト歴史学におけるウイグルの扱われ方を俯瞰したものであった。19世紀以降数多くのロシア語文献で記述されたウイグル民族像を提示し、ウイグル民族の枠組みならびにウイグル民族主義的なものの見方の醸成にそれらが決定的な役割を果たしたと結論した。

コーヒー・ブレイクを挟んで、次の報告者Edmund Waite (Cambridge University, UK)は文化人類学者で、カシュガルでの15ヶ月間のフィールド・ワーク経験を有する。Waiteの報告は新疆におけるイスラーム復興の状況をカシュガルの具体的事例を通じて検討したものであった。新疆では国境の開放によってムスリム・イデオロギーの拡散が促され、sunnatchiと呼ばれる原理主義的なイスラーム活動家の出現を見るに至った。しかしその一方で既存の宗教施設、宗教界は厳格に中国の社会主義システムに組み込まれており、また世俗的な分野すなわち出版、報道、教育制度の各分野においても政府は宗教的な要素の排除に努めていると言う。

当会議をしめくくる最後の報告者はIldiko Beller-Hann (オーガナイザー)であった。Beller-Hannはハンガリー生まれ、歴史人類学的な立場からチャガタイ語文献、欧文献そしてフィールド・ワークを駆使してウイグル人の伝統社会像の再構築に取り組む気鋭の研究者である 。今回の報告はウイグル人の儀式と信仰に注目し、19世紀末から1990年代までのスパンで彼らの日々の儀礼の実践、信仰、規範理念などについて言語的に関連のある中央アジアの人々との類似点と相違点とを検討したものであった。中央アジアと異なる具体的な事例として出産(生まれた赤ん坊を一定期間隠す習慣)、葬礼(白い服を着用)などが示され、ここに中国文化を受容した要素が少なからず存在することを指摘した。


3. 雑感-さまざまなウイグル人の位置づけ

当会議最大の意義は、些か月並みな言い方ではあるが、歴史学、人類学、言語学、民俗学、政治学など分野を異にする専門家がほぼはじめて一堂に会し、「新疆」あるいは「ウイグル」という共通の研究対象について最新の研究成果・知見を持ちより、意見および情報の交換を行ったという点にあると言える。そして、その結果として、今後の新疆地域研究の新たな展開を期待させるような要素が少なからず見えてきたように思われる。

まず第一に注目されるのは歴史叙述(historiography)における「ウイグル人の位置づけ」の問題である。当会議ではLaura NewbyとAblet Kamalovがそれぞれこの問題について報告を行ったが、特にKamalovの報告はロシア(~ソヴェート~CIS)歴史学における「ウイグル人」像の生成・発展のプロセスを豊富な文献資料から紡ぎだした精緻な研究であり、ロシア側の「民族創出」事情が明瞭に示された点が私としては大変有益に感じられた。次の段階としては新疆に居住する「ウイグル人」自身の歴史叙述を同様に検討し、かつ中国史料の中での「ウイグル人」像を通時代的に再検討したうえで、それぞれの「ウイグル人」像がお互いにどのような関係を取り結んでいたか明らかにすることが興味深い検討課題として立ち現れてくるであろう。またそうした歴史叙述から窺われる「イデー」としての「ウイグル人」像が、当会議でNathan Lightが示したような1980年代の「ウイグル文化」構築にどのように影を落としているかをあらためて捉えなおすのも有意義な作業に違いない。

次に、当会議では音楽、食文化、儀礼などウイグルに関するさまざまな文化表象の「解読」が試みられた。これらの報告はこれまでごく皮相的なレヴェルに留まっていた「ウイグル文化」理解への反省に立ち、そのシステマティックな分析を志向している点で共通性が認められるものであったが、具体的データを伴う形で「ウイグル文化」像を提示した点に特徴があったといえる。とりわけ今回の各報告でもたびたび取り上げられた「ウイグル文化」への中国文化の影響に関する問題は、(当然のことながら)一般にウイグル人の著作や中国の出版物にみられがちな感情的あるいは政治的なファクターからは全く自由な立場から検討が行われ、「ウイグル文化」が中国あるいは中央アジアの「どちらか」ではなくまさに両者の「間」に位置づけられるべき文化受容の柔軟性をもつダイナミックな文化であることが示された点が大変有意義であった。こうした取り組みはもっと推進されるべきであり、できることならば新疆で先年刊行された『ウイグル風俗習慣』のようなモノグラフの形でウイグル文化をあらためて総合的に記述するような取り組みが今後は期待されるだろう。

最後に人口、国際政治、ツーリズム、教育そして宗教など現代世界におけるウイグル人をめぐる目下の諸状況(諸問題)が分析を加え複数提示されたことも有意義であった。周知の通り新疆は目下、本稿の冒頭に示した如き巨大な国家プロジェクトのもと未曾有の変動に直面しており、ウイグル人は言語文化、政治、経済、社会の各面でさまざまな変化に晒されている。そうした状況にあって当会議で提示された諸情報は新疆並びにウイグル人の今後を考察する上で示唆に富むものが多かった。たとえばRachel Harrisが扱った漢語教育(民考漢)によるウイグル人のデュアル・アイデンテティの問題は、現在ウイグル語から漢語への根本的な移行が進められつつあるウイグル人の教育制度の現状に照らすならば、将来的には全ウイグル人が直面するであろう問題として重要な意義を持つものである。

当然ながら当会議の意義はまだ他にもある。しかしそれを全て書き連ねるには紙数が足りない。ここでは当会議で示された知見の数々がそれぞれお互いに共鳴することで、将来的にはより豊かな成果が期待される、と言う甚だ抽象的な指摘に留めておくこととしたい。


4. おわりに

今回の会議は始終和やかな雰囲気で、50人収容の会議場を埋め尽くした出席者が和気あいあいと語り合う、うちとけた空気のなか行われた。これほど「笑い」(シニカルなそれではなく、大爆笑である)が飛び交う賑やかな学会は私には初めての体験であった。出席者はみなディスカッションを楽しみ、なかには議論に熱中して、担任の先生(?)役のチェアーにたしなめられる出席者もいたほどである。大半がお互いに初対面であったとは信じがたい、得がたい機会であった。「まるで同窓会みたいだった」「小学校の教室みたいでとても楽しかった」とは私が聞いた出席者たちの感想である。

考えてみれば出席者の多くは研究対象として、あるいはネイティヴとして、新疆地域での現地体験を多かれ少なかれ持つ人ばかりなのであった。そういう仲間意識が育まれるのはけだし当然のことなのである。こうした暖かい雰囲気で育まれた関係が今後も発展的に維持されていくことを私は期待している。可能ならば2年ごと、あるいは3年ごとにこうした学会が開催できないものであろうか(そういう考えはオーガナイザーも抱いているようである)。こうした集いが定期的に行われれば新疆・ウイグル人に対する最新の知見の共有が促進され、各研究分野の発展、ひいては新疆・ウイグル人に対する一般社会の理解も深められることであろう。必要とあらば私も及ばずながらその実現には力を尽くしたいと思う。

末筆ながら、この学会への参加はデータベースの開発母体である東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)の特別推進研究プロジェクトGICASの派遣によるものであった。会議参加に理解を示されたAA研の先生方と、最初に参加を勧めてくれたオーガナイザーのIldiko Bellar Hann博士には深甚の感謝を捧げたい。
2007年12月にこの会議の論集がAshgate出版社から刊行されました。




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