所  載 『史学雑誌』第114編第10号(2005年10月)102-104頁
HTML版公開 2008年11月17日
最終更新 2008年11月17日

赤堀雅幸、東長靖、堀川徹 編
『イスラーム地域研究叢書⑦イスラームの神秘主義と聖者信仰』
(東京大学出版会、二〇〇五年一月、三三八頁)

本書は研究プロジェクト「イスラーム地域研究」(通称「新プロ」、一九九七~二〇〇一年度)の成果報告の一部をなし、イスラーム神秘主義ならびに聖者崇拝という研究領域について「新たな問題を提起し、今後の発展を促す」べく、日本で初めて編まれた論集である。周知の如く、「イスラーム神秘主義」(スーフィズム)は、七世紀にアラビア半島に誕生したイスラームが「世界宗教」へと拡張発展を遂げる過程できわめて重要な役割を果たし、また今日の世界においても「イスラーム原理主義」同様に重要なプレゼンスを有している。

本書はこれまでの神秘主義・聖者複合信仰に関する研究史を概観した赤堀雅幸の総論につづき、「聖者信仰」、「タサウウフ」、「タリーカ」、そして「サイイド・シャリーフ」の四主題について、各理論研究一本と事例研究二本の合計一二本の論文を収録している。以下、ごく簡単ではあるがその内容を紹介する。

第一部「聖者信仰」
序論「聖者信仰研究の最前線」(赤堀雅幸)は人類学の立場から聖者信仰研究を概観する。つづく事例研究「ガザーと聖者、その記述と概念」(今松泰)はチェレビーの『旅行記』に依拠し、オスマン朝のイスタンブル征服に際し登場した聖者の存在意義につき論じた歴史研究であり、「バングラデシュのマイズバンダル教団における血縁的系譜と霊的系譜」(外川雅彦)はタリーカにおける血統と道統の「使い分け」の問題を取り上げた人類学的研究である。

第二部「タサウウフ」
序論「タサウウフ研究の最前線」(東長靖)は思想研究の立場からタサウフ研究を概観するとともに持論である神秘主義・道徳・民間信仰の「三極構造論」を提示する。つづく「神秘主義の聖者とイマーム派のイマーム」(鎌田繁)は神秘主義著作にみる預言者像・教友像とシーア派の著作におけるイマーム論との重なり・関わりを論じた思想研究であり、「ネオ・スーフィズム論争とその射程」(大塚和夫)は「ネオ・スーフィズム」という分析概念をめぐる議論を整理し、その基礎的実証研究の重要性ならびにその概念の活用可能性の提示を試みた論考である。

第三部「タリーカ」
序論「タリーカ研究の現状と展望ー道、流派、教団」(堀川徹)は主として歴史学の立場からタリーカ研究を概観する。つづく「タリーカにおける世襲の問題」(矢島洋一)はスーフィー教団の導師一族(「シャイフ家」)の起源、形態、そして世襲のシステム(世襲原理および血統原理との関わり)を検討したもの。つづく「西アフリカのタリーカと社会変動下の集団編成」(坂井信三)はタリーカが西スーダンの植民地化をめぐる社会変動にあって社会組織にいかなる影響を及ぼしたか検討した歴史人類学的研究である。

第四部「サイイド・シャリーフ」
序論「サイイド・シャリーフ研究の現状と展望」(森本一夫)は、歴史学的な立場から「ムハンマドの子孫一族として幅広い尊宗を受ける『世襲的な聖家族』」研究史を概観する。「シャリーフィズム、象徴、歴史」(A・セブティ)はモロッコの聖家族崇拝に関する事例研究、「北インド・ムスリム世界のサイヤド」(小牧幸代)は北インドにおける血統とムスリム・カーストの関係を論じた人類学的研究である。

最後に本書は「付録」としてスーフィーの系図(スィルスィラ)、年表、そして世界各地の聖者廟の簡単な解説文つきのリストを掲載している。冒頭に断り書きがあるように全イスラーム世界をカヴァーしているわけではなく、また小さな誤りが散見される点が些か残念ではあるが、本書の工具書的価値を一層高める勇気ある試みとして大いに評価したいと思う。本書が起爆剤となって当該テーマに関心を持つ方が増え、研究が一層促進されることを祈りたい。




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