所  載 『内陸アジア史研究』第13号(1998年3月) 71-84頁。
HTML版公開 2002年4月9日
最終更新 2008年11月16日


新疆・ウイグル人の職業別祈祷ハンドブック『リサラ』
 



はじめに
1.リサラとは何か
   (1)「写本文化の後裔」としてのリサラ
   (2)現在流布しているリサラ
   (3)リサラの外見的特徴
   (4)リサラの言語

2.リサラの構成・内容
   (1)職業の起源伝説
   (2)職業:天職としての仕事
   (3)職業上の義務と禁忌
   (4)各職業の守護聖人たち
   (5)仕事の具体的な場面に応じた祈祷
   (6)結びの文言
6. むすびにかえて

はじめに

「シルクロード」として名高い新疆を旅行して,最も興味深い体験はオアシス都市のバザールを訪れることだろう。昔ながらの職人がその場でつくる帽子,楽器,水差しなどの工芸品や,香ばしいカワプ(羊肉の串焼)やさまざまな香辛料,果物を売る風景など,その異国情緒は異境から来たものの目をどこまでも楽しませてくれる。

そんなバザールで,そうしたさまざまな物売りたちにまじって,本を商う個人書籍商(kitapchi, kitap satquchi)がいる。彼らの店舗はまちの中心の礼拝寺の建物に付設された立派なものから,そうした建物の傍らに建てられたあばら家のような常設店舗,または毎朝どこからか車を引いてきて,それをそのまま屋台にする非常設のものまで,さまざまである。その品揃えも店によってまちまちなのだけれども,大体が出版社が発行したウイグル語出版物の古書や,宗教関係のパンフレット類を商っており,コレクションが充実している店舗ともなると寧夏やパキスタン,トルコで発行されたクルアーンやハディース集,はては今世紀初頭にイスタンブルで出版されたオスマン語の宗教書やタシュケント出版の石印本,チャガタイ・トルコ語で書かれた聖者伝の写本まで商っているところがある。

こうした店に顔を出し,店主と膝を突き合わせてあれこれ語らいながら品定めをしていると,小ぶりで目立たない,粗末な小冊子をときおり見かけることがある。大きさは大体縦13センチ,横9センチほどで,袖珍本と呼んでよいサイズである。まわりに並べられたカラフルな本にくらべ,印刷も幼稚な謄写版刷りで,一見して手仕事で刷られたローカルな出版物であることが見てとれる。

これら小冊子はリサラ( risala  )と呼ばれ,農夫,大工,羊飼い,コックといった職業別にその職業の由来,仕事のなかで励行すべき行為や禁忌,そして仕事の各場面で唱えるべき聖句( ayat )などを紹介した「職業別祈祷ハンドブック」である。各職業について,実に細かな点までその生活のありかたが説かれたその内容は,かの地のムスリムの「宗教的生活秩序」を理解するうえで興味深い情報を数多く含んでいる。

1.リサラとは何か

(1)「写本文化の後裔」としてのリサラ
アラビア語の単語リサラ ( risala) は本来は"message of mission"を意味する言葉としてプレ・イスラム時代の碑文等に現われ,おそらくはそこから派生して"message", "missive", "letter", "epistle", "monograph"など多様な意味をもつようになり,9世紀以降は"kitab (book)"の,11世紀以降は"maqama(article)"のシノニムとしての用例も見られるという。ペルシャではこの言葉はスーフィズムと結びつき,リサラの名を冠した神秘主義神学の論説が数多く著わされた。またオスマン朝治下のトルコではアラブ,ペルシャでの意味に加えて「デルヴィシュの被る帽子の全面に取り付けられた布」としてリサラの語が用いられ,19世紀以降は主として,"a booklet or a weekly or monthly journal"の意味で用いられたといわれている。

 一方,中央アジア(西トルキスタン)では,リサラは前述の用法に加えて「一定のグループに属する職人たちのためにまとめられたマニュアル(操典;ustav)」を意味する。このリサラは今世紀初頭を中心にソヴィエトの東洋学者や民族学者によって 「ムスリム都市民の精神世界を投影した文献」として盛んに写本の収集・研究が行われ,その後半世紀の断絶を経て1980年代にスーハレワO.A.Suharevaらによって「手工業者の社会史,精神史の史料」として再び研究が進められた 。

 東トルキスタン(新疆)においてもリサラの語義は西トルキスタンのそれとやや似通っており「一定の分野,職業,およびその規律,しきたりに関する冊子,パンフレット( brashura )」を意味する。濱田正美氏は東トルキスタン由来のチャガタイ・トルコ語写本を概観した論文においてリサラの写本の存在についても言及しており, レニングラード(現サンクト・ペテルブルグ)東洋学研究所に収蔵されるオルデンブルグS.F.Oldenburg収集の40点30業種,フランス学士院図書館所蔵のグルナールF. Grenard収集になる8点のリサラの存在を指摘し,同業者組合( asnaf; 但し濱田氏自身東トルキスタンにおけるその社会的・経済的機能についてはなお検討の余地があるとしている )の存在を証明する asnaf nama としてのリサラの資料価値を提示した 。

 濱田氏の指摘する通り,現在世界各地の図書館・研究機関に収蔵される,19世紀末?20世紀初頭に東トルキスタンで収集されたチャガタイ・トルコ語写本の中には,相当数のリサラが含まれている。前述の東洋学研究所,フランス学士院図書館に加え,さらにスウェーデン・ルンド大学のコレクション,中国新疆ウイグル自治区民族古籍弁公室,新疆社会科学院図書館などにも若干のリサラがある。

 さて,今日バザールで手にすることができるリサラはこうした写本を書写して現代語にうつしかえて印刷されたものであると考えられる。事実いくつかのリサラはその奥づけに,そのリサラにはもともとの「古い時代のアラブ文字によるリサラ ( kona moqaddima arb(sic.) yiziqtiki risala)」があって,それを現代語訳したとことわっているものがある 。リサラはその意味では中央アジア(東西トルキスタン)の写本文化の伝統の末端に位置するものであると考えることができよう。

(3) リサラの外見的特徴
私が入手した、現在のバーザールで販売されているリサラは大体が縦13cm,横9cm(A6版変形)ほど,おそらくはA3版程度の大判の紙に両面印刷したものを折り畳み裁断したもので,なかには縦20cm,横13cm(A5版)すなわち通常の2倍の大きさのものもある。ページ数はばらつきがあり,最も短いもので14ページ,最長のもので64ページほどである。印刷は謄写版印刷であり,黒ないしは青のインクが用いられている。綴じ方は見開きの中央が2ヵ所,ホッチキスでとめられたものもあるが,大半はミシンを用いて糸できれいに綴じ合わされている。


表紙(図版参照)にはやや厚手の色のついた紙を用いたもの,本体と同じ紙質のものなどさまざまある。その記載事項もまちまちなのであるが,おおむねアラベスク調の枠があしらわれ,その中にリサラのタイトルが記入されている。タイトルもただ単に「**のリサラ」と書かれたものから,「天職(A. al-kasp habib allah )」,「神の救済(A. hedayat allah )」などの言葉に続けて「**のリサラ」とするもの,聖句を冠するものなど実に多様である。
 
 

(4) リサラの言語
現在新疆ウイグル自治区で用いられているいわゆる「現代ウイグル語」の正書法( imla )  はウルムチの新疆ウイグル自治区民族語言文字工作委員会が取り決めたものに基づき,政府文書はじめ新聞,教科書,刊行物などで用いられている 。一方リサラの正書法はいちおう「新聞文字( gezit yeziqi )」と称しているものもあるが,前者にくらべて総じてやや古典的な,チャガタイ・トルコ語に近い様相を呈しているものが主をなしている。現代ウイグル語では用いられていないhe, ain, zal, sad, zad, ta, zaといった字母もリサラでは現代ウイグル語風の綴りに混在して用いられているのである。これはおそらくはリサラが近年の「書き下ろし」ではなくて,前述の如く,もともとチャガタイ・トルコ語で書かれていたものを「現代語」訳したものであるからだろう。

risala'i mozdozloq 1984(靴職人のリサラ1984年版)最終頁。
古典的な正書法をひきずっている例。

またリサラは「現代語訳」されたとはいえ,イリ・ウルムチ方言をベースに成立した現代ウイグル語よりはむしろ南新疆(カシュガル地区)の口語的特徴をより多く有しているようである。リサラに散見される y→zh,  q→gh の置換は一般的に現代ウイグル語中央方言 ( merkezi di’alekt ) のカシュガル方言( Qashqar shiwesi )によく見られる特徴である 。むろんその綴りが実際にはどう発音されているかということはなお検討の余地があるかもしれぬが,少なくともチャガタイ・トルコ語の写本から「現代語」へ移しかえる際に,より翻訳者の口語に近い表記が意識的にであれ,無意識的にであれなされ,「現代語」の綴りに置換されなかった(=したがってリサラはカシュガル方言の特徴を有しているといえる),ということは可能であろう。

 
 


2. リサラの構成・内容

 
では,これらリサラは具体的にはどのような内容をもっているのであろうか。ここでは一例として,さしあたり『羊飼いのリサラ( Qoychiliq risalisi )』を中心にとりあげて,リサラの基本的な構成を見ていくこととしたい。
 

 『羊飼いのリサラ( Qoychiliq risalisi )』


(1)職業の起源伝説
まず「慈悲深く,慈愛あまねき神の御名において」という開句,および数句のアラビア語の聖句がまず書き連ねられ,つづいて各職業がいかにして神から授けられた天職であるかが語られる。この部分はほぼすべてのリサラの記述において同様であって,神の命令により天使ジャブライル(ガブリエル)がその仕事をアダムにもたらし,結果人類にその仕事が授けられたという筋書になっており,天使とアダムとに関係する奇蹟が紹介される。
・・・・(神は)「おお,ジャブライルよ,アダム・アライヒッサラームに天国(bahashd)からいくつか羊をくれてやれ」とハズラット・ジャブライルに命令( amr )なさった。神のご命令( amri-parmani )によって(ジャブライルは)天国から若干の羊を持ち出して(アダムに)与えた。ハズラット・アダム・アライヒッサラームは喜んで神に感謝( shukri-sana )を述べて羊を飼った。(p.1)
長いものはそこからさらに,その仕事に関連した宗教伝説が紹介されることもある。例えば,『大工のリサラ』ではヌーフ(ノア)の箱船伝説が語られ,『羊飼いのリサラ』で語られるのはイブラヒーム(アブラハム)からヤークーブ(ヤコブ)そしてシュアイブ(エテロ),ムーサー(モーセ)などの預言者たちの,羊の登場する奇蹟譚である。  
(ハズレティ・シュアイブの)この娘たちは家畜に水をやるべく,その井戸まで家畜たちを連れてきた。ユダヤ人たちは(自分たちの)家畜たちを(そこから)連れ去った。そして水を残さなかった。井戸の口にひと塊の岩を乗せて置いて去ったのである。その石は40人の人力で持ち上げたものであった。ハズレティ・シュアイブの娘たちは家畜たちに水をやれず,家畜たちは弱ってしまった。そんなとき,ムーサーがやってきて,娘たちに問うた「娘さんたちはどこの人かね?」(そこで,娘たちは)「私たちは預言者シュアイブの娘でございます。この家畜たちは水が飲めず弱っております。」と答えた。ムーサーはあっという間に石をとり,家畜に水をやった。娘たちはとても喜んで,家畜たちを追って家へ帰っていった。(pp.7-9)
リサラに紹介されるこれらの伝説はいずれも旧訳聖書に登場し,クルアーンにもその影を落としているパレスティナ起源の伝説である。おそらくリサラの編者はリサラ編纂時にそこで普及していたであろう伝説集の類(例えばRabiguziの Qissas  al-anbiyaなど)を参照し,それぞれの職業にふさわしい伝説を適宜抽出して,リサラに写したものと想像される。

 ところでリサラのこの伝説部分の冒頭は,僅かな例外を除いて,ほぼ
「よき導き手イマーミィ・ジャーピル・サーディク(神よ,彼に満足あれ!)はかくのごとく語った( Imami Japir Sadiq rah-nama-yi mowapiq raziya Allah anha! andagh rawayat qilip durlar ki  )」という文言で始まっている。このイマーミィ・ジャーピル・サーディクが Ithna ashariya すなわち12イマームの第6代目にあたる聖者Imam Ja far al-Sadiqであることは言うまでもない。イラン・シーア派のムスリムたちの間で,卓越したイスラーム法学の師として偉大なるイマームのひとりと数えられるこの聖人が,東トルキスタンのウイグル人のリサラにこのような形で登場することは,どう理解すべきなのだろうか。

一般に,ウイグル人はイスラーム法学上は大イマーム( Imam-i A 'zam )の学派( madhap ),すなわちハナフィー派のイスラームを信仰していると言われている 。しかし彼等のイスラームが「幾多の異教文化の残滓を提示していると共に,多分にシーア派的要素を含有して」おり,清代にはイマームを礼拝し,アーシュラーのごときシーア派特有の祭礼さえ行われていたことは,かねて先学が指摘していたことである 。こうしたシーア派的な要素が1990年代の今日にあってもこうした民間出版物に痕跡をとどめている点は,ニヤに現存するイマーミィ・ジャーピル・サーディク廟(大麻札)の存在とあわせて,さらなる検討の余地を残していると言えるだろう。

(2)職業:天職としての仕事

つぎに,その職業をなすことがparz (<A. fard)であり,wajip (<A.wajib)でありそしてsunnat (<A.sunnat)であるという,イスラーム法学上の意義づけがなされる。リサラはここから「もし以下のことを問わば(agar sorsalar ki )」という言葉で始まる問答の形式をとり始める。

「羊飼いのリサラ」ではまず「羊がどこから生まれ出たのか」が問われ,イブラヒームが息子イスマーイールを神に捧げ,神の意志により以後羊が人の代わりに犠牲となるに至ったという有名なエピソードが紹介され,羊が人の代わりに犠牲となるべく天からつかわされたものであることが説かれる。ついで羊飼いという職務の法学上の位置が説明される。  
神はジャブライルに(人間に羊を与える)命令( parman<A.farman )を下さった。(したがって羊飼いという職務は)parzとなった。ジャブライルは預言者( payghambar )に教え( talim<A.ta’lim )を下さった。wajipとなった。預言者は人々(ommat<A. ummat)に教えを下さった。sunnatとなった。(従って)以下のことが明らかである。羊を飼うことはparzであり,wajipであり,sunnatである。(そしてこの)リサラを所有することは望ましい行為( mustahap<A.mustahab)である。(p.13)
ここで説明される論法は,すべてのリサラにおいてほぼ共通している。それぞれの職業はみな天与の職務(天職)であり,神の命令そして天使と預言者の教導の結果parz であり,wajip  でありそしてsunnatであると規定されるのである。

 一般にfard, wajibはともに「義務」ないしは「宗教的義務」と訳され,互いにシノニムとして取り扱われるが,唯一ハナフィー派はfardをクルアーンやハディースなどに明白にふれられている宗教的義務, wajibをそうしたテキストから演繹して想定しうる宗教的義務として,互いを区別しているといわれる。しかし,リサラにみえる神が命令を下した結果fard が生じ,ジャブライル(天使)が預言者に教えを与えた結果wajibが生じるというこの因果関係・理論は独特のものであり,こういった理論がどこからもたらされたものなのか,今後の検討が必要であろう。

(3)職業上の義務と禁忌
つづいての問いかけは各職業について,それぞれ具体的にいくつのことがparzであり,wajipであり,sunnatであり,そしてbada’at (<A.bada’at: 邪道・異端;戒むべきこと)であるかという問いかけである。『羊飼いのリサラ』ではそれぞれ次のように示される:
 

parz

1.リサラを保管してきれいにしておくこと。
2.5回のナマズ(礼拝)をとり行うこと。
3.服装を清潔にしておくこと。
4.羊番のものは常に清潔であること。
5.正直者(rastguy)であること。
6.聖法にかなった行いをなすもの(halalhor)であること。 
7.先師(pir-ustaz)たちの魂に祈祷すること。
8.聖法(shari'at)を遵守すること。
 

wajip

1.両親をよろこばせること。
2.羊番をよろしく待遇すること。
3.賢人たちを友とすること。
4.人々に愉快に接すること。
 

sunnat

1.師匠(ustaz)を長輩と認めること。
2.師匠と距離を置くこと。
3.賢人たちを友とすること。
4.(世俗的な)人の関係から遠ざかること。
5.縁者親族を尊重すること。
6.家畜を草地に連れて行くときに師匠のために祈祷すること。
7.家畜の間を通行せぬこと。
8.家畜を乱暴に取り扱わぬこと。
9.家畜たちの間で,座ったりせぬこと。
10.孤児たちに慈悲の心をもち,家畜の40分の1を喜捨(zakat)すること。
 

bada'at

1.うそをつくこと。
2.羊番を汗をかかずに為すこと。
3.家畜をかわいがれ。
4.羊を棒(tayaq)で打ってはならない。
5.羊の買手をその度ごとに選り好みしてはならない。
6.羊を売るときに限度以上に値をつり上げるな。
7.陰口をたたくな。
8.羊の毛は汚い所では刈るな。
9.リサラなしに羊を見張るな。(pp. 14-16)
リサラのこの部分においてparz,wajip,sunnat という言葉はそれぞれ単に「義務」ないしは「心得」を意味するものとして,ほとんど無限定に使用されており,それぞれの言葉の本来の宗教的な意味を理解して用いられているとは考えにくい。ここに示した羊飼いの励行するべきparz  とwajip とは,前述のハナフィー派における区分けに適合するものかどうか。また,sunnatにしてもそれぞれの事柄がはたして預言者ムハンマドの言行,ないしはそこから導き出された律法(スンナ)と言えるものかどうか,はなはだ疑問である。

こうした疑問は他のリサラの記述を一つ一つ見ていくと一層深まる。本稿ではさらに3つのリサラについて,それぞれに示されたparz,wajip,sunnat および後述する聖句を唱える具体的場面を表にして末尾に挙げたが,そこにみられるparz,wajip,sunnatそれぞれの内容を検討してみても,それぞれの言葉に対して,励行すべき事柄を区別して配分する何らかのプリンシプルが存在したとは考えにくい。

ともあれ,イスラーム法学上の個別の術語の用法に関する問題はひとまず措くとして,リサラに書かれているこれら義務と禁忌とは,ウイグル人の職人たちにとってきわめて合理的かつ実践的な徳目であると考えられる。それは第一に自らを清潔に保つことであり,親子,交友,師弟,または顧客との関係において守られるべき徳目である。ひとりのムスリムとして社会の中で基本的に果たすことが期待されているモラルはもちろんのこと,各職業において最低限励行されるべき基本的かつ具体的,技術的な事柄がここでは示されているのである。

(4)各職業の守護聖人たち

次に各職業の守護聖人ともいうべき先師( pir-murshid )が紹介される。『羊飼いのリサラ』では「先師たちのなかでいく人が羊飼いであったか」という問いにつづいて,
1. Adam,
2. Ibrahim,
3. Yaqup,
4. Sha’ip
という、前述の伝説にも登場する聖人たちとともにZanga Baba,Sadir Ata,Hakim Ata,Cholghan Ataといった,俄にアイデンティファイし難い「先師」たちが「常に清潔に羊を飼った」聖人であると紹介される。
羊飼いの場合は合計8人の聖人が紹介されているが,他のリサラではさらに多くの人名が羅列されていることが少なくない。例えば『大工のリサラ』では18人が列挙されており,『料理人のリサラ』では実に6666人の「先師」が料理人であった,とことわったうえで合計21人の名前が羅列されている。
 
 
 yaghachchiliq-ning risalisi(大工のリサラ、左)とrisala('i) nawayliq (ナン焼職人のリサラ-右)

 

さらに『ナン焼きのリサラ』では冒頭においてナン焼きに従事した先師がまず7033人あり,その後Adam, Nuh, IbrahimそしてMuhammadが登場したと説明され,ついで登場した先師 (pir-ustaz )として18名の名前が列挙されている 。それらの多くもアイデンティファイできぬ人名ばかりであるが,Bukhari, Anjani, Kashghari, Yarkandiなど中央アジアの地名をニスバにもつ人名が若干ある。
そして,若干の叙述ののち,ナン焼きの職人が銘記すべき聖人の名前が再び列挙される。
まずは「聖法の師( pir shariyat )」として再びAdam, Nuh, Ibrahim, Muhammad が挙げられ,
つぎに「タリーカの師( pir tariqat )」としてAbu Bakr, Omar, Osman, Aliなどのカリフたち,
「真理の師( pir haqiqat )」としてJabrayil, Mikayil, Israfil, Izrayilら天使が紹介される。
つづいて「法学派( marhap (sic.) ) 」として Imami Azam (< Hanafi), Imami Shapi (< Shafi’i), Imam Malik (< Maliki), Imam Ahmadi(< Ahmad Hambal < Hambali )などのイスラーム法学派が列挙され,
つぎに「善良の師( pir moshapp(i)q )」として父,母,モッラー,師匠が挙げられる。
そして最後に,「教学の師( pir maripat )」としてRumi (< Jalal al-Din Rumi), Shamisdin T(a)brizi (< Shams al-Din Tabrizi), Qasim Anwari,  Ataruli (< Fard al-Din Attar), Hapiz Shirazi (< Hafiz) など,イスラム神秘主義に関連した著名な聖人が紹介される  。

(5)仕事の具体的な場面に応じた祈祷
続いて,各職業の具体的な場面に応じて唱えるべき聖句が紹介される。羊飼いの場合,聖句を唱える場面として紹介されるのは以下の場面においてである。
 
1.家畜を柵の中(qotan)に放つとき
2.家畜を柵から出すとき
3.羊たちを(嫁入りの際?)娘につけるとき
4.羊を草地に連れて行くとき
5.家畜を草地より追い出すとき
6.家畜の乳をしぼるとき
7.鍋に乳を注ぐとき
8.カップに乳を注ぐとき
9.乳をヨーグルト(qetiq)にして素焼きの瓶(kup)で熟成させるとき
10.(家畜の肉の?)油を取るとき
11.家畜の毛を刈るとき
この祈祷の場面はおそらくは各職業の実際の仕事のなかでの具体的な節目の数を反映しているものと思われる。ここに示したとおり羊飼いは11の場面が紹介されているが,より仕事内容の込み入った職業,たとえば農夫や料理人などは,別表に示したようにより多くの節目が紹介され,より多くの祈祷をささげることが求められているのである。

(6)結びの文言
そして最後に,リサラの記載事項を遵守するべきことが説かれ,祈祷の文言をもってリサラはしめくくられる。  
このリサラ中の諸項目をよくなさば神の国は栄えよう。合法たるために(リサラを)授けたまえ。食べた一口(の食べ物)は合法となる。家畜を飼う者は,清潔にこのリサラをもて。リサラの中の礼儀,作法,しきたりを知ることが必要である。神は家畜たちに常に栄えをもたらし,災いより守りたまえ.....(pp.20-21)
また,リサラによっては最後の部分にコピィストのメッセージが記されているものもある。その内容は大体似通っていて,リサラが「書き下ろし」ではなくて,もとのテキストを書写したものであること,その書写過程で生じたやもしれぬ誤りを陳謝して,読者が各自その誤りを正しつつリサラを読むことを懇請してリサラをしめくくるのである。
(このリサラは)ヒジュラ暦1403年(=1982-83)に書かれたテキストを複製して印刷されました。リサラの所有者,読者,そして祈祷をなさる方々には,本書のコピー上,印刷上での至らぬ点,誤りを正しつつ読んでいただくことをお願いいたします。
第5区書記(katip) H.M.より
オリジナル版の書記はChiman(人民)公社のQurban Tomur
198x.5.12

 

むすびにかえて

さて,ここまで述べてきたことを整理してみよう。現在我々が新疆の町角で手にすることができる職業別のリサラは,その正字法にもともとのテキストであるチャガタイ・トルコ語写本のスタイルを残しており,またカシュガル地区の口語的特徴もその中に見ることができる。そしてその内容は大きく6つに区分され,(1)パレスティナ起源の各職業に関連した伝説,(2)天与の職務としての,その職業のイスラーム法学的意義づけ,(3)合理的かつ実践的な各職業の義務と禁忌,(4)各職業の従事者が銘記すべき「守護聖人」リスト,(5)各職業の具体的な場面に応じて唱えるべき聖句の数々,(6)結びの文言,からなる。そして,こうした職業別の祈祷ハンドブックに「リサラ」の名前を冠する用例は東西トルキスタンにみられ,チャガタイ写本時代から存在していることが知られる。

リサラにみられるImam Ja far al-Sadiqを一種特別に扱うシーア派的な要素,そして数々の著名なスーフィを「守護聖人」として列挙するスーフィズムの要素とは,新疆のイスラームを考える上で欠かせぬ要素であり,この点からもリサラの内容は正しく新疆?ウイグル人のイスラームの諸相を反映している。これはさきに挙げた言語的な特徴と併せて,ウルムチの言語をスタンダードとし,かつ正統派であるハナフィー法学派のイスラームをいわば体制の中に組み込んでいる中国の「少数民族」「ウイグル族」の公式の文字文化とは一線を画すもの(と,同時に中央アジア~東西トルキスタンの文字文化の伝統の上に立つもの)として,リサラの特殊性を示していると言えるだろう。

以上が,新疆の民間出版物「リサラ」のあらましであって,現在知りうることは最大限記載に努めたつもりである。しかし,なお今後に残された課題は少なくない。第一に,各国に収蔵されるリサラのチャガタイ・トルコ語写本を調査し,現行のものと比較,検討することによってリサラの各テキストの関係を明らかにする必要がある。第二に,イスラーム世界の中央アジア以外の地域での類似したハンドブック類と比較することも必要である。第三に,現行のリサラの「流通」についても具体的な調査が求められよう。いかなる人物がこれらリサラをチャガタイ・トルコ語写本より書写し,それがいかなる工房で印刷され,そしていかなる人物の手を通じて輸送され,店頭に並ぶのか。そして実際にどれくらいの人がこの種の本を買い求め,またいかように利用しているのか。今後の調査,研究が待たれるところである。



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